ドールハウスの歴史

ドールハウスの起源は、歴史書の記述によれば、紀元前のエジプト文明にまでさかのぼります。
つまり、人類の歴史においてドールハウスは、古代文明 とともにあったのです。
エジプトの遺跡から出土した太古のドールハウスについてはその道の専門家に任せるとして、ここでは、趣味としてのドールハ ウスについてその概要をまとめました。


現代に受け継がれる”趣味としてのドールハウス”の最古のものは、1507年にドイツ・ババリア地方のアルブレイト(アルブレヒト)伯爵が収集したものだと言われています。
記録によればこの伯爵は、かなり熱狂的なコレクターだったようです。
伯爵所蔵のドールハウスは、当時の街の様子を忠実 に再現したもので、ミュンヘンの国立博物館には現在もその一部が保存されています。
中でも代表作と思われる、1574年制作の4階建てのドールハウスは、荘厳かつ華麗な、それは見事な作品だったようです。
しかし残念ながらこの ドールハウスは、1674年の火災で焼失してしまいました。

16世紀当時のドールハウスは、現在のように定義づけられたものでも、これといった規格があるわけでもなく、コレクションとして、もしくは教育玩 具として作られていました。
ひと昔前の日本の”ままごと道具”と同様に、ドイツでは女の子が生まれると情操教育の一環としてドールハウスを用い、「どこにお嫁に出しても恥ず かしくないように」と、母親が娘にテーブルマナーを身につけさせるのに役立てたといわれています。

さらに1800年代になると、「ニュールンベルグ・キッチン」と呼ばれる家事を教えるためのドールハウスが販売され、鍋、竈、調理器具などが実用 に耐えるように作られました。そのため今でもドイツに出回っているドールハウスは玩具的(おままごと的)な要素の強い、扉のないオープンタイプの ものが多いのです。

また1600年代後半、オランダの裕福な貴族たちは、磁器、絵画、家具のコレクションに非常に熱心でした。
価値あるものを見出し収集するという彼 らの風習は、やがてミニチュアにまでおよび、職人が手がけた縮小版の調度品を、本物のキャビネットなどに入れ、インテリアとして楽しみました。
本物と見紛うほど精巧に作られたこれらのミニチュアには、象牙や銀で仕上げられたものもあり、小さな美術品として、またコレクションとして、大変 価値が高いものです。

現代のようにいわゆる”定義づけられた”ドールハウスが登場したのは、20世紀はじめ、英国のクイーン・メアリーのドールハウスが最初でした。ミ ニチュアとうい極小の世界にすっかり心酔した女王メアリーは、あまたのコレクションを収蔵し、諸外国の王族への贈り物にも大いに利用したといわれ ています。

そして1924年、国王ジョージ5世の妻である彼女のために、ミニチュアの架空のお住まいを作ろうという国を挙げての一大プロジェクトが発足しま した。
5階建ての建物のデザインを任されたのは、当時の建築家ラチアンズ卿でした。さらに国中の専門家が集められ、女王に献上するためのドールハウスを 制作すべく日夜会議が行われました。
宝石商、ワイン・メーカー、芝刈り機メーカー、エレベーター製作会社、水道局、ベッド・リネンの会社、高級自 動車メーカー「ロールスロイス」 様々な分野から召集された専門家の中には、なんと、あの『シャーロック・ホームズ』で有名な作家コナン・ドイル の姿もありました。

英国女王のお住まいとなれば、最先端の技術を駆使した、最高級のものでなければなりません。
5階建てのドールハウスには動くエレベーターを設置 し、車庫には5台のロールスロイスを収め、蛇口をひねればお湯が出る給湯設備まで取り付ける。
地下のワイナリーには本物のヴィンテージ・ワインを 注入したボトルを貯蔵し、シーツやピローケースなどのベッド・リネンには王室のしるし「R」の頭文字を刺繍し、書棚を埋める豆本の制作にはコナ ン・ドイルが立ち会うことになりました。

そして、この壮大なプロジェクトの会議の席で議論となったのが、スケール…つまり縮尺でした。
各分野の専門家に、家具から水道管に至るまであらゆ るミニチュアの制作を依頼し、一軒のお屋敷に収めるのですから、サイズの取り決めは避けては通れない問題でした。
そして、話し合いの結果、 1/12スケール(実物に対して12分の1のサイズ)に決定しました。

なぜ1/12なのか ─その理由は基準となる単位にあります。
現在わが国では、物の長さを測る単位にメートル法を用いています。
そのため日本の建築 模型の世界では、実物大の単位であるメートルをセンチやミリに縮小すると、1/100、1/1000のような縮尺になります。

一方、欧米にはフィートやインチといった単位があります。この場合、1フィートのものを1インチで作ろうとすると、その縮尺は1/12となります。
たとえばアメリカのドールハウス市場には、インチ・スケール(1/12)・ハーフ・インチ・スケール(1/24)、クオーター・インチ・ス ケール(1/48)と呼ばれるスケールがあります。
アメリカのコレクターたちは特にこうした縮尺に厳しく、少しで大きいものは「トーイ(おもちゃ)」「ジャンク(がらくた)」などと呼ばれ、ドールハウスとはっきり区別されています。

出典:ビーンズ・モノ Vol.1 (㈱ワールドフォトプレス)/文:日本ドールハウス協会